メンタルが弱っている時のための、優しいよみもの

メンタルが弱った時、なんでもいいから、どうでもいいから、自分を肯定してくれる言葉をたくさん聞きたかった。なんでもいいから「それでいいんだよ」「よくがんばってきたね」それだけずっと、言い続けてくれたら、どんなに楽になっただろうと思うので、ここにメンタルが弱ったときのための、優しい読みものを書こうとおもいます。

きっと自分がまた、弱くなってしまったときに、ちょっとでも「まあ、生きてみるのも悪くないかな」くらいに思えるようになれたらいいなと思って。

1メンタルが弱っているのは、ぜったいに、あなたのせいじゃない。

きっと、真面目で頑張り屋のあなたなので、すごくすごく責任感が強いんだとおもう。だから、なんでもかんでも「これはこうできたのに」「もっと頑張ればよかった」「わたしがもっとちゃんとしていたら」そんなふうに、自分をせめているかもしれない。

もしくは、「なんでこんな心が弱いんだろう」とか「どうしてほかのひとみたいに強くなれないんだろう」とか、考えてしまうのかもしれない。だけれど、できるだけ、そうゆう自分のことを責めないであげてほしい。

きっと、これまですごくすごく頑張ってきて、心身ともにボロボロになるまでがんばってきて、そんなになるまで頑張った自分を、もうこれ以上責めないであげてほしい。もっと、休んでいいんだよ。完璧じゃなくて、いいんだよ。

たしかに、そりゃあ、完璧にできた可能性もあったかもしれないけれど、そんなのすごく、奇跡みたいなもので、できなかったあなたが悪いわけじゃない。そもそもの、仕組みがダメだったり、とてもいち個人には変えられないものって、たくさんあるから。

だから、メンタルが弱っていて、ボロボロになってまで、自分を責め続けないでください。

2まだ全部終わったわけじゃない。ほんの、ほんの少しでいいから、希望みたいなものをもとう。もしくは、持ちたいとおもう気持ちをもとう。

たぶん、とても疲れて疲れて「もうどうでもいい」「なんにも興味が持てない」と思っているあなたは、とくにこの世界に興味がないかもしれない。きっと、なにをたべても、なにを見ても、ただただ感覚がなく灰色に見えているかもしれない。

それでも、大丈夫。そんな時期があっても、大丈夫。洞窟のなかで、生活をすすめていくのは、とてもつらいかもしれないけれど、それは長くは続かないから、大丈夫。時間が解決してくれることもあるから、焦らないで大丈夫。たぶん、「こんな泥沼から抜け出せる日がくるなんて想像できない」っておもうかもしれないけれど、それでも、それでも、大丈夫だから。

もしかしたら、カラフルなふうに日々が見えるのは無理かもしれないけれど、ほんのすこし明るい灰色になっているところを発見できたり、無理もなくたべれるものを見つけられたりする日はやってくるから、あせらなくてもいいんだよ。

ただただ、「ほんのすこしあかるい灰色にみえるもの」「がんばらなくても食べれるもの」「声がふるえずに話せるひと」「深呼吸ができる場所」みたいな、ちいさなちいさな居心地の良い場所をちょっとずつ、集めていこう。そうゆうものを、集めようという気持ちがあれば、あとはなんとかなるから。

急に元気になろうなんて、無理しなくていい。できる範囲で、「ちょっとはマシなもの」がころがっていないか、さがしてみよう。

3まるごと肯定してくれるひととだけ話をしよう。あとは無視でもいいんだよ。

そんなに疲れて、どうしようもなくなっているあなたに、「ちゃんとしないと」「社会人なんだから」「大人なんだから」「なんでそんなこともできないの」と正論を投げつけてくるひとも、もしかしたらいるのかもしれない。

ただただ、そうゆうときは、聞かないことに限る。たしかにそのひとは立派なひとかもしれない。でも、傷ついてどうしようもない君には、そんな状態のときには、その人は必要のない人だ。人生には逃げても良い瞬間があって、これはそうゆう瞬間だ。全力で逃げていい。全力で無視していい。

傷ついてどうしようもないときまで、他人の意見を聞く必要はないし、あなたの気持ちを第一に考えていればいんだよ。あとは、元気になってから、取り繕えばいいだけだから。だから、もうすこしわがままになって、必要のない意見や言葉に惑わされないように。心のシャッターを場合によっては、おろしてしまってもいい。

だけれど、そんなときにも、肯定してくれるひとを、心底大切にしよう。きちんと自分のつらさを話したら、きちんと向き合って、肯定してくれるひとがいたら、とってもとっても大切にしよう。そんなひとがそばにいてくれたことを、とても誇りに思おう。

なかには、自分がびっくりするくらい優しいひともいるから、そうゆうひとには、ちゃんと包み隠さず打ち明ける勇気だけは、ちょっとだけ持ってみよう。そうすれば、おもったよりも、心があったかくなって、「自分も捨てたもんじゃないな」と思えるはずだから。

だからこそ、そんなまわりのひとのことは素直に正直にたくさん良いところをみつけて、彼ら彼女らの支えになれるような行動をすることも、忘れちゃだめだ。

それを忘れないようにするのは、たくさん傷ついたからこそ、大切にできるものだから。

4傷ついた分だけ、優しくなれる。あなたのその経験は無駄なんかじゃない。

傷ついたぶんだけ、優しくなれると思っている。少なくとも、そう信じている。だから、あなたがどうしようもなく理不尽に傷ついていたとしても、その経験は無駄なんかじゃない。もちろん、できればそんな思いはしたくなかったかもしれなくても、タダで起き上がるだけじゃ、わりにあわない。ぜひその経験を糧にしてしまおう。

きっとあなたがした経験は、とてもとても辛いことだったかもしれない。なんでこんな大変なんだと何度も何度も思ったかもしれないし、それによっていきてゆく気力がどんどん、なくなっていってしまったかもしれない。

でもね、きっと、その経験はあなたをすこし、豊かにしてくれる。そう思ってみよう。その辛かった経験がきっと、あなたに心の幅をもたせてくれて、きっとすこし深みのある人間になれたんだと思う。少なくとも、そう思おう。

そうやって、自分のなかにためでいけば、どうしても辛かったことも、人生の糧というものにかわってくれるから。

きっと、それでも自分としていきてゆくだけの強さと優しさとしなやかが、いろんな経験を通して、身についてゆく途中だから。きっと、大変なことを乗り越えた、素敵な人間になれると思うの。


こんな長々しく、若干重苦しい文章を最後まで読んでいただき、ありがとうございます。ちょっとドロドロした部分も多いとはおもうのだけれど、実はみんなみんないろいろ抱えている方って多いと思う。

だからあんまり、「自分だけ苦しい」みたいに、ならないのも大切なのかなって。きっといろんなひとが大変な思いをして、一生懸命そのひとのなりに、切り開いていっているのだから。


他にも、わりとエッセイのようなものを書いています。

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