未来と過去と、自分の書いたものを対話をするということ

わたしはよく、過去に自分が書いたものを見返したりする。

ブログに書いているから、出先のところで、アイフォンでぱっとひらいて、自分のブログをぐるぐるネットサーフィンしたりするの。

そうすると、「あ、そうだった、こうゆうことを考えていたんだった」「こうゆうことを思っていたんだった」ってことに出会うことが、結構ある。

おんなじ人間とはいえ、ちょっとの環境の差で、大切なことを忘れてしまったり、せっかく考えたことを忘れてしまうことって、よくある。たぶん、人は、日常生活にそんなに長い視野を持つことが難しいんじゃないんだろうか?

だから、過去の自分が、それに気づかせてくれたりするのに、とても助かっている。

さいきん読んで、「あーそんなことを考えていたんだった」と思った記事はこれ。「理想の暮らし方と、理想の働き方と、理想のお仕事」

「むかしの自分にむけて、役立つことをかくといい」|時間を超えた自分との対話

「むかしの自分にむけて、役立つこと」を心がけて、いろんなことを書いてきました。そうすると、書けることって、たくさんある。

たとえば、「自分は留学のノウハウがわからなかったから、留学の出願過程をかこう」「留学している最中に悩むことが多かったから、その悩みを書こう」そんな風にして、過去の自分が知っていたかったことを書くと、喜んでもらえたり見てくれる方も多くて、うれしくなりました。

「自分がこまっていたこと」について、書くのは、とてもわかりやすいし、誰か過去の自分と同じような人のたすけになるかもしれない。

ブロガーのちきりんさんも、「12歳のときの自分にむけて」書いているらしく、それがぶれていないのが、とっても格好いいなって思う。

情報ってゆうのは意外と、「もっているひと」と「もっていないひと」のチャンスに挑戦する機会を狭めてしまったりする。そんなシンプルなギャップを埋めようとするとか、自分の利益でない味方をしているって、やっぱり素敵ですよね。

未来の自分に手紙をかいてみよう|時間を超えた自分との対話

だけれど、「過去の自分のために」だけじゃなくて、「未来の自分に」書くこともできると思うの。

たとえば、アンジェラ・アキさんの「手紙」という歌がわたしは好きで、「誰にも話せない悩みがあるけれど、未来の自分にあてて手紙を書くなら、できる」というおはなしだと理解しています。

そうゆうのは、今は大変だけれども、きっともうすこし時間がたてば、「そんなこともあったよね」って笑っていると思うということでもあるし、意外と未来の自分なそんな頑張ってもがいているころの自分からの手紙に、勇気付けられるかもしれない。

そんなふうにして、手紙とか文章というモノは、「時間軸をこえた自分との対話」が可能になるんですよね。

それって、とっても、とっても、素敵なことだと思う。

そして、そういったちいさなちいさな欠片が集まって、勇気が湧いてきたり、エネルギーがみなぎってきたり、何か踏み出せたりすることってある。

だから、これからも、未来の自分に「いまはこんなことをしていますよ」って書いてみるのもいいかも。

文章にすることによって、考えがまとまることだってある。自分あてだから素直になれて、「実はこう考えていた」という本音をきちんと受け止めることもできるかもしれない。

そして、それがまわりまわって、未来の自分の糧になるんだ。なんだか素敵なサイクルですよね。

そんなちょっと幸せで、丁寧なサイクルを、これからも大事にしていきたいな、と思うモノです。

Rey
読んでくれてありがとうございます。他の記事も、これからどんどんアップしていく予定です✏️ SNSフォローしてくれると嬉しいです🙌 @reyblueberry

いいねやシェアしてくださると、更新の励みになります!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。